1950年のロック
暑い夏は何処へやら、すっかり過ごしやすくなった秋の月、皆様は如何お過ごしでしょうか。
今回からシリーズ企画として、各年のロック事情について記事を書いていこうと思います。
基本的には洋ロックを扱いますが、気分次第で邦ロックシリーズも始めるかもしれません。
シリーズの開始は1950年です。
1950年代ではなく、1950年のロックについてです。
とは言ってもイメージが付きにくいかと思いますので、1950年のロックアルバムを作ってみました。
CD1枚のサイズでまとめてみました。
1950年は、まだ白人と黒人の音楽がそれぞれの色を持っていた時代です。上のアルバムから読み取れるように白人はカントリーを、黒人はリズム・アンド・ブルースを奏でていたのです。
最初に相手にアプローチを掛けたのはカントリーサイドでした。カントリー・ブギ、ウエスタン・スウィングといった音楽は、カントリーミュージックにリズム・アンド・ブルースのエッセンスを加えて誕生し、当時若者の間で流行しました。
このような土台があり、次代のミュージシャンが自然とお互いの音楽をリスペクトした結果、生まれたのがロックンロールであり、ロックだったのです。
と、散々前時代的な音楽だと触れ込みましたが、聴いてみるとそうでもなく、むしろ新鮮な気持ちになるでしょう。
ちなみに上記のプレイリストで当時ビルボード上でヒットした曲は数える程度です。特にリズム・アンド・ブルースは卑猥で低俗であるものという"常識"がまかり通っており、ラジオで流されることも少なく、全国規模でヒットさせることは至難の業でした。
リフがお洒落で印象的な1はポピュラーソングとして大ヒットした曲です。シューシャインボーイとは靴磨きの事で、翌年には日本で暁テル子さんも「東京シューシャインボーイ」というレコードを発売しており、当時靴磨きという職業がまだ一般的であった事が窺えます。
2は所謂トレインソングの代表曲であり、蒸気機関車特有のシュッ、シュッ、という効果音もフィドルで再現されています。これまた翌年に日本で「僕は特急の機関士で」のレコードが発売されています。パクリとかでは無いのですが。
4は後にロックンロールを形作った一人に選ばれる事となるファッツ・ドミノのデビュー作。
12、17に収録しているマディ・ウォーターズはエレクトリック・ブルースの第一人者であり、ローリング・ストーンズは彼の代表曲からバンド名を拝借しています。
直接紹介した以外にも巨匠たちが名を連ねています。上記に4人を挙げた理由は比較してもらうためです。
カントリーのメロディーとリズム・アンド・ブルースのリズムがロックンロールを形作ったと理解してもらえるかと思います。
次回、1951年はそれを体現した楽曲が現れます。リズム・アンド・ブルースがロックンロールに昇華した例の曲を中心に紹介しますので、よろしくお願いします。